誠空会の歴史

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HISTORY

誠空会は「西の格闘空手」とも称され、他流派の大会にも積極的に選手を送り出してきました。フルコンタクト空手にとどまらず、キックボクシングやMMAなど、ルールに縛られないさまざまな舞台で選手たちが活躍しています。
誠空会は1977年、伝統派空手を学んだ碇井伸吾により川西市で結成されました。スーパーセーフを着用し、顔面突きや投げ技を認めた実戦的なスタイルは、当時としては革新的な空手団体でした。1993年にはワールド記念ホールで全日本大会を開催し、関西の格闘技シーンをリード。
1997年には阪急川西能勢口駅前に常設道場を開設。
2000年には大阪道場、日生中央道場、宝塚道場を開設し、2006年には総本部を池田市鉢塚へ移転。
会員数は一時300名近くにまで増え、関西有数の空手団体へと成長しました。

しかし2016年、創始者の引退をきっかけに会員数は激減。誠空会は存続の危機を迎えます。

2018年7月、現代表・田中幸尚が3代目代表に就任。約20名から再スタートしました。その後、コロナ禍による緊急事態宣言という逆風にも立ち向かいながら少しずつ信頼を積み重ね、2022年、池田駅前に常設道場をリニューアルオープン。

2023年には会員数120名を超え、再び活気を取り戻しています。
さらに2025年には川西市の部活動として認可され、日生中央道場は川西市立緑台中学支部へ移転。

誠空会はこれからも挑戦を続けます。何度でも立ち上がり、次の世代へ“本物の強さ”をつないでいくために。

沿革

1977年碇井伸吾初代館長が、誠空会を結成。
1979年全国で初めての格闘空手ルールによる大会を開催。
1985年西日本初の格闘空手のオープントーナメント開催。
1987年誠空会の大会が、格闘空手の西日本最大の大会として定着。
空手道専門誌より「西の格闘空手」と命名される。
1989年北斗旗選手権で誠空会の選手が大活躍。
1992年格闘技王国オランダに遠征。
ピーター・アーツのチャクリキジムでヨーロッパのキック技術を吸収。
1993年ワールド記念ホール(神戸)にて独自の全日本選手権を開催する。
1995年阪神淡路大震災の影響で活動を縮小。
1997年川西市に総本部道場設立。
アメリカ遠征。
2000年大阪道場、日生中央道場、宝塚道場を開設。
2004年総本部道場が川西市から池田市に移転。
2016年百武政敏が2代目代表に就任。
2017年池田総本部道場が才尊会館へ移転。
2018年田中幸尚が3代目代表に就任。
2022年池田総本部道場が池田駅前にリニューアルオープン。

歴代誠空会代表

2代目代表:百武 政敏

MASATOSHI HYAKUTAKE

格闘空手弐段
  • 2003年格闘空手道全日本選手権大会 3位
  • 2005年格闘空手道全日本選手権大会ミドル級 準優勝
  • 2007年格闘空手道全日本選手権大会ヘビー級 優勝
  • 元SB日本スーパーウェルター級4位