
誠空会に集う個性豊かな人たちに話を聞く連載「誠空会の人たち」。
第二弾に登場するのは、画家・鈴木雄太さんだ。
大学時代、就職活動に違和感を覚え、世界一周の旅へ。帰国後は小説を書き、感性を開くために八ヶ岳の山小屋で働いた。現在は障がい者施設のデイサービスでアルバイトをしながら、画家として作品を発表している。
なぜ、小説という表現から絵へと向かったのか。そして、格闘技とアートにはどんな共通点があるのか。自身の経験をたどりながら、ときに立ち止まり、自分の感覚を確かめるように語ってくれた。
Contents
「志望動機って、全然ないねんけどなって」
大阪府池田市で三人きょうだいの末っ子として生まれ育った鈴木さんは、2006年に同志社大学へ進学した。
大学3年生になる頃、周囲が就職活動を始めると、鈴木さんも説明会に足を運ぶようになる。
ただ、就職したい会社や、進みたい業界があったわけではない。
「普通に大学生活を送っていたので、周りの就活生と同じぐらいに就職活動を始めました。このまま自分の入りたい会社を見つけて、就職していくんだなって。最初はとりあえず大手企業を見ていました」

けれど、エントリーシートを書く段階で手が止まった。
「志望動機って、全然ないねんけどなって。そこが一切書けなかった。そう思ったら、もう続けられなかった」
当時は、就職して定年まで働くことが当たり前とされていた時代。鈴木さんはそうした空気に違和感を抱くようになる。そんななか、親戚が青年海外協力隊を経て大学院へ進み、国際機関で働くようになった話を思い出した。
世の中には、自分がまだ知らない生き方があるのかもしれない。
「ちょうどその頃、『はばたけ、オレの自由ドリ』を読んで、こんなに自由に生きている大人がいるんだと刺さりました。3人とも海外を旅していたので、なんかいいなって」
そこで大学を休学し、バックパッカーとして世界へ。家族もその決断を後押しした。
ニュージーランド、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、シンガポール、ドイツ、オーストリア、ベルギー、南アフリカ、スイス、カナダ。半年をかけて、地球をぐるりと巡った。
旅の途中では、出会った人としばらく一緒に過ごし、別れ、また次の土地へ向かう。



帰国後、旅を通じて人生観が変わったのかと尋ねると、少し考えてこう答えた。
「どうなんでしょう。変わったのかもしれないけれど、自分にとってはそれがもう当たり前になってしまいました」
ヒッチハイクで出会った、小説の伴走者
世界を旅していた頃、鈴木さんのなかに「いつか自分でも本を出したい」という思いが芽生えた。
帰国後は、編集・ライター養成講座に通い、文章の書き方を学ぶ。同じ頃、京都芸術大学の通信教育部で絵も学び、自分のなかにある思いや感覚を表現する手段を広げていった。
やがて、インドネシアを再び旅しながら小説を書き始める。
「僕は旅している方が、ひらめきとか感性が開きやすいんです。だから、旅しながら書きたいなと思って」

旅の間は、ノートを常に持ち歩いた。浮かんだ場面や言葉があれば書き留める。1泊1,000円の海の見えるコテージで朝食をとりながら書くこともあれば、帰りの飛行機のなかで急に言葉が浮かんでくることもあった。
しかし、書くことは思ったほど簡単ではなかった。
インドネシア、タイを旅したあと、鈴木さんは東北へ向かう。東日本大震災から2年が過ぎ、旅先で現地の状況について尋ねられても、何も答えられないことに引っかかり、ボランティアに参加したのだ。
ある日、腹痛のため、その日の宿まで歩くことが難しくなり、鈴木さんはヒッチハイクをする。
そこで、車に乗せてくれた男性に小説の話を打ち明けた。
「実は今、小説を書こうと思っているんですけど、うまく書けてなくて」
男性は鈴木さんの話にじっくり耳を傾ける。
後になって、その男性が新聞社の役員を退いたばかりで、文学賞の審査に関わった経験もある人物だと知った。
偶然とは、ときに人生の続きを書き換えるものだ。
その出会いをきっかけに、鈴木さんは小説を書き上げるたびに男性に読んでもらい、アドバイスを受けるようになる。
「自分がすべて出し切ったと思うところまで書いてみなさい」
その言葉を信じて、鈴木さんはひたすら小説を書き続けた。
潜在意識のさらに奥へ
鈴木さんにとって小説は、ただ物語をつくるためのものではなくなっていく。
書くほどに、自分の内側へ潜っていく感覚があった。
「3作目は異常な人間性とか、性の世界にも踏み込んで書きました。性の世界はほんまにドロドロなもので。そこにはいろんな人物が出てくるけど、気づいたら全部自分やんって」
登場人物の行動や言葉に、自分が映し出されているように感じた。
そして、3作目を書き終えた頃、鈴木さんは新たな壁にぶつかる。
「自分が覗ける心の範囲は全部覗ききったと思いました。でも、それはその時にできるレベルで。この先があるはずやのに、どう行ったらいいかわからなくなった」
鈴木さんが意識していたのは、河合隼雄の著作を通じて知ったユング心理学の「集合的無意識」という考え方だ。
自分で認識できる顕在意識の下には潜在意識がある。そしてさらに深いところには、人や命が共有しているような、個人を超えた心の領域、集合的無意識がある。
「僕はその集合意識に、入ってみたいと思った」
自然のなかで暮らせば、感性が開かれるかもしれない。
そう考え、鈴木さんは山へ向かった。

自然には嘘がない。だから自分もごまかせなくなった
2016年、鈴木さんは八ヶ岳の山小屋で働き始める。標高2400メートル。翌年には、標高2700メートルの山小屋に移った。
水を汲み、薪を割って小屋まで運ぶ。雨が降れば、食器洗いや風呂に使う水をタンクにためる。平地とはまったく違う暮らしのなかで、言葉を紡ぐ余裕はなかった。

ただ、自然のなかで生活をするうちに、鈴木さんはこれまで味わったことのない感覚に出会う。
「ある日、窓に鳥がぶつかって死んでしまったことがあって。その小鳥を木の根元に埋めたんです。そのとき、今まで小鳥として生きていた命が、自然という全体の中に帰っていくのを感じて」
小鳥という個体が、森のなかへ戻っていくように思えた。
「普段、自然がいっぱいあったとしても、そこに飲み込まれるみたいな感覚は全然ないんです。けど、その時は、生きている命の流れの中にわーって入っていく感じがありました」
山で暮らしていると、自然には「嘘の力」がないと感じるという。
「自然って、季節が来たら芽が出てきたり、秋になったら葉がだんだん色づいて、冬が近づくと葉が落ちていきますよね。朝が来たら太陽が東から昇ってくる。自然には嘘がない。ただ淡々と展開しているだけ」

社会では、誰かの強い言葉や場の空気に影響され、本来の感覚を見失うこともある。けれど、自然の前では、そうはいかない。
鈴木さんは、普段からよく空を見上げる。そして耳を澄ます。お気に入りは猪名川の河川敷だ。
「僕、歩くことが好きなんです。空を見て雲が動いているとか、水が流れているとか、そんなんをぼーっと眺めたり、聞いたりする時間が、自分の中にあるリズムを呼び戻してくれているのかなって思います」
山小屋での生活を経て、日常に戻った鈴木さんは、4作目の執筆を再開する。自身を深く掘り下げていく作業は進んだが、同時にある変化が起きていた。
深く書くほど、夢は怖くなった
「この部屋には、誰かがいる気がする──」
文章を調子よく書けた日は、決まって怖い夢を見た。何度も、何度も。
「今にもお化けが出てきそうなところで。いるのはわかる。でも、その正体は一度も見たことはないんです。とくに深く書けた日や気持ちよく書けた日には、確実にその夢を見ました」
なぜ、そのような夢が出てくるのだろう。何かのメッセージなのか。鈴木さんは、その感覚についてこう語る。
「多分、自分の深いところにアクセスすると、普段表に出てこない恐怖心みたいなところまでいくんでしょう。やっぱり、命として死なないための本能までいくんちゃうんかな」
4作目の小説『透明な自由』を書き終えた頃、鈴木さんのなかには、これまでとは違う感覚があった。
「それまでは『もっともっと次の作品で深く入っていこう』と思っていたんですけど、文章でこれ以上深く探求していくのは、自分にとって少し違うなというのがあって」
その小説をAmazonで販売するにあたり、鈴木さんは表紙を自分で描くことにした。
最初は、色鉛筆を使った。
「なんか、絵おもろいなって」
描くことが純粋に楽しかった。

その後、すでに書き終えていた3作目の小説もAmazonで販売できるとわかった。そこで今度は、絵の具を使って表紙を描いてみた。
「うわ、気持ちいい」
当時の感覚を、笑いながら振り返る。

「描いていて楽しいし気持ちいい。色を塗るというのが快感でしたね。ずっと小説を書いていて、絵を描くのに戻ってきた時に、『めっちゃいいやん』って思いました」
小説を書くことで深く内側にもぐり、自己を問い続けてきた鈴木さんにとって、絵を描く時間は感性が外へ開いていくように感じるものだったのかもしれない。
感覚を追いかけ、バランスを崩してまた進む
鈴木さんの絵は、最初から完成形を決めて描かれるわけではない。
「最初にバババっとだけイメージが浮かんで、あとは描きながら確かめていく」

最初に浮かんだものは比較的すぐ描ける。だが、その先は、明確なイメージがあるわけではない。
「そこからは、『この色はきれいやな』とか、『この形はちょっとちゃうな』とか。『じゃあこうしてみようか。これ、しっくりきたな』と。それのくり返しです」
鈴木さんは、その作業を「感覚を追いかけていく感じ」と表現する。
一度、絵として整ったように見えても、どこか物足りなさが残ることがある。そこでもう一歩、手を加える。
すると、バランスが崩れる。
「さっきまでよかったのにって。ただ、崩れたところをそのまま進んでいくと、次のバランスがいいところにたどり着くんです。そこに行くと、さっきより手応えがある」
鈴木さんにとって、絵を描くことは「相手との遊び」でもある。
「その人から放たれているものを僕が感じ取って、それが色になったりする。僕とその人との間での交流が、遊びなんです」
人や空間と関わるなかで生まれた感覚が、色や形になる。
「僕はこう感じました。楽しかったです、というのが絵になっている感じですね」
描く相手は人だけではない。動物や自然も含まれる。


鈴木さん曰く、「目に見えないレベルでの命の姿みたいなものを描いている感じ」があるという。

格闘技も絵も同じ。攻防のなかで見つけたニュートラルな姿勢
鈴木さんが誠空会に通い始めたのは、2024年5月である。
小学生の頃に空手を習っていたこともあり、ちょうど格闘技の動画をよく見ていた時期だった。知人の井上さんから空手の話を聞き、同じタイミングで体験に参加した。
現在は主に火曜日の午前中、キックボクシングの練習に参加している。

鈴木さんは、スパーリングの攻防と、普段のコミュニケーションには似たところがあると語る。
「攻められたらガードばっかりなるけれど、私生活でも相手にマウントを取られ始めたら、ひたすら我慢するとかね」
相手に強く来られれば、驚いて一瞬、姿勢が崩れることがある。
「そのときに、いかにすぐに姿勢を立て直すかと。普段、意識するべきところも一緒やなって」
絵を描くことと格闘技にも、共通する感覚がある。
「いいものをつくったり、今の自分が楽しいって感じるものを描くには、自分がどれだけニュートラルでいられるか」
ニュートラルとは、何もしないことではない。
「攻めても自分の軸をぶらさない。守っても自分の軸をぶらさない」
絵で失敗したと感じたときも同じだ。
「変になったところを取り戻そうとすると、余計に変になる。その時はやっぱりニュートラルに戻らないと。一旦、部屋から出て行って、飲み物でも飲んで戻ってくると、『別にそんなミスってへんやん』ってなる」
そして、パンチもまた同じだ。
「力んでいたら弱くなる。力抜いて打ったら、ちゃんとした努力になる。力んでパンチをするというのは、人生で言うたら無駄な努力をしているのと同じこと。いかに的確な努力をするか。絵だって、やりたくないときにやってもろくなものにならないですからね」
頭より先に、感覚を。感応を楽しみたい
鈴木さんは、絵という表現だけにこだわっているわけではない。
今は、絵が最も自然に表現できる手段である。だが、これから先、別の表現に出会うこともあるかもしれない。
大切にしているのは、表現の手段そのものよりも、世界との関わりのなかで生まれる感覚だ。
「今の世の中は『頭』中心になっていて、こういうものが役立つから売れるとか、何者かにならないと認められへんとか、そういう考えが先に来てしまっている」
一方で、アートは感覚が先に立つものだと鈴木さんは考える。

「自分のモチベーションであったり、ワクワクしていることや、嬉しいと感じることに正直でいる。その順序の方が、命としては正しいと思うんですよ」
鈴木さんが「感応」と呼ぶのも、そうした感覚だ。
「相手と関わったことによって生まれてくる、自分の中の感情や行為。そうした感応が、僕にとってはすごく大事で」
知らない土地を訪れて、「なんかここ、いいな」と思うこと。人との会話で心が動くこと。自然のなかで受け取る、言葉になる前の感覚。スパーリングで、感じる相手の呼吸や間合い。
「感応を味わうために、いかにもっともっと楽しめる環境に自分を持っていけるか。そっちの方向に進んでいけたらいいなって思います」
鈴木さんが求めているのは、スクリーン越しではなく、自分でその場に赴き、人や空間、自然に触れることで生まれるリアルな感覚なのだ。
「そうすると、いつかは生活の拠点も自然の近くになりそうですね」と尋ねると、
「実は、虫はちょっと苦手なんですけどね」
そう言って、目じりを下げて、屈託なく笑った。

自分の感覚が動くほうへ──。
攻めても、守っても、その軸はぶらさない。
鈴木さんはこれからも、人や自然、空間との間に生まれる「感応」を面白がりながら、自分だけの表現を探していくのだろう。
取材・文/山田優子
写真提供/鈴木雄太

【プロフィール】
鈴木雄太
1988年2月29日、大阪府池田市生まれ。
池田高等学校卒。
同志社大学経済学部卒。
大学在学時に海外を放浪。2013年インドネシアを旅しながら小説の執筆を始める。2016、2017年八ヶ岳の山小屋に勤務し、山での生活で感覚が変化していく。2019年小説『透明な自由』を出版。以後、絵画表現による創作活動。2022年初個展『巡るいのちの力』を開催。その後ふたたび八ヶ岳の山小屋に短期勤務し、下山後これまでの旅をまとめたフォトエッセイ『零の彩り』を出版。そのほか、個展『女性と龍』、ピアニスト北川朝美との共演による絵画をテーマとした演奏と朗読『フェニックスの息吹 ~色彩と響きの対話~』など。
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